明治・大正の出来事 1881~1926

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明治29年(1896)
栄町の商業会議所の誕生

独立した事務所の建設のために動いた会員達

 『…商業会議所の事務所は桑名町の加藤庄兵衛と云ふ味噌屋の座敷を借り、表に商業会議所の看板を掲げてあったと云う有様…』。これは明治26年、当時名古屋商業会議所の書記長だった上遠野富之助(後の第8代会頭)が書き留めたものです。
 本所の事務所は、設立当初から間借りで、移転を繰り返していましたが、経済の発展に伴い事務も繁多となり、手狭な事務所では大変不便であったことに加え、中部の大都市の商業会議所としてその面目を発揮するため、自らの所屋を持つことが必要だと、会員達は産業界の殿堂を築くことに熱心でした。
 本所は、明治28年6月の総会で起工を決し、同年7月、総額18,000円の予算で工事を開始。翌年1月に、栄町7丁目に完成をみました。
 ここに長年の願望は達せられ、やがて大正10年に大池町へ移るまでの四半世紀の間、「栄町の商業会議所」として幾多の業績を残すのでした。

栄町7丁目に完成した新所屋

 完成した新所屋は、本館が木造2階建てで135坪、議事堂が西洋造の平屋建てで139坪、付属建物35坪でした。竣工するやいなや、様々な集会場所として大広間の利用は非常に盛んで、広間が足らなくなるほどでした。
 名古屋商業会議所の大広間を舞台に呱々の声をあげた企業もたくさんあります。明治29年には、愛知銀行創業総会(3月5日)、日本車輌製造創業総会(7月26日)などが行われました。

栄町の商業会議所所屋

栄町の商業会議所所屋

栄町の商業会議所所屋の平面図

栄町の商業会議所所屋の平面図

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